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エストニア式蓄熱暖炉の炉で薪が燃える様子

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蓄熱暖炉、Masonry heaters ペチカと私の出会い

蓄熱型暖炉 Masonry heaters ペチカと私の出会い


思い返せばその蓄熱型暖炉と出会ったのはいつ頃だったのだろうかと思うと、随分前だなぁと、、

この蓄熱型暖炉、或いは蓄熱式暖炉と言ってもいいし、まぁロシア語のペチカという人もいる、まぁそのタイプの暖炉と自分、まぁちょっとくだけで以降は自分自身の事をボク(大好きなマッスル北村にあやかって、苦笑)と、ここでは呼ぼうかと思いますが、そのボクが日本ではある種珍しい蓄熱型暖炉といつどこで出会ったのか、、、

それを考えると色々あるのである意味感慨深いものがあります、、、

それはかなり昔の1993年の秋にまで遡ります、、、、

その前年の1992年春、直前まで働いていた代々木のバイト先の喫茶店等で知り合い友人となった人間との出会い等色々が偶然等が重なって当時ソ連が崩壊して間もないソビエト連邦を構成していた共和国の一つのエストニア共和国(当時はこの国の存在すら知らず、、、苦笑)の人達が日本に来る、という事になり、ある種近くて遠い国の元ソ連の人々との出会いは今後の人生を大きく変えるきっかけになりました。

当時はエストニア共和国という国があるという事も知らず、単にソ連(と言ってももう既に崩壊していましたが、、)からソ連人が来る!それも10人も!という事で、かなり盛り上がっていた記憶があります、、、苦笑

詳しい経緯は割愛しますが、喫茶店で知り合った友人らがかつて留学していたデンマークで知り合った友人の一人がその元ソ連の一共和国だったエストニア出身の女性で、その女性がタイミング的にソ連国内を格安に移動できる(ソ連国内の人間として)ギリギリだという事で、それならぜひ遠い異国の日本に仲間と共に来たい、節約の為にロシアの極東の街まで移動して、そこから新潟に飛ぶという恐らく当時としては相当安い?でも彼らとしてはかなりの額の費用を払って日本に来る事になった訳です。

ロシアの極東までは安いですが、日本は当時まだとても経済力が強く円も強かったので彼らの当時の収入を考えると給料何か月分?とかそれ以上?の費用をかけて来たように思います、恐らく日本で言えばまだ1ドル360円時代のアメリカ旅行とか、格安航空券等ない正規運賃の旅行と考えれば近いのかもしれません。

彼らの日本滞在はたった1週間でしたが、仕事の合間を縫って彼らを車であちこち案内したり、歓迎会や送別会を通じてまだまだ未熟だったボクの英語を駆使して(笑)彼らと交流し、とても魅力的な彼らが住む国に今度は逆にボク自身が訪ねてみたくなり、、ある程度資金を貯めて、上手くコミュニケーションが取れず悔しかった英語のレベルを上げるべく努力し(笑)1993年の秋を迎えたという感じです、、、

二度目の海外への一人旅となったこのエストニア訪問の事は別の所で記事にしているのでその辺はここでは割愛しますが、10月中頃から12月中頃までの約2か月間エストニアに滞在したのですが、その全ての日程を友人宅に居候させてもらい、時には色々な所に連れて行ってもらったり、色々な地元の人達等と交流したりしたある意味人生を変えた2か月間だったと思います。


全てが日本と違った、、人と密に交流し、自然と共に暮らしている、、、今振り返ればあの時程の体験は後にも先にもあれだけでした。

そこで出会ったのが蓄熱型の暖炉、ロシア語で言う所謂ペチカですが、あの独特の雰囲気の中の匂いと暖かさ、、、あの出会いは一生忘れられません、、、

アパートの様な集合住宅以外は略全ての家に比較的大きい蓄熱型の暖炉と煮炊き用のかまどの様なクッキング薪ストーブと、場合によってはサウナ、或いは給湯も兼ねた風呂釜のような薪で温めるボイラー等を備えているのが一般的でした。

つまり、略全ての熱源を薪で賄っていて、プロパンガスの様な設備も無くは無いですが、それらは高価なのか殆ど使っていないという感じで、灯油等をつかった暖房器具も見たことありません。

当時はもうすべての生活がまず炉に薪を入れ火をおこし、お湯を沸かしたり家を温めたりするというのが日常的な光景で、、、ある意味そういう事を初めて本格的に見た体験だったと思いますし、それも日本からはるか遠く離れたソ連で言えば西の一番端の国で体験しているっていう、、、苦笑

10月も後半となればもう日本の東京の真冬の様な寒さになる事もあるエストニアですが、その後12月に向けて更に気温は下がり鼻の穴の中が凍るような寒いというよりも痛いという未体験の寒さを味わう事になりました(笑)

しかし、この蓄熱型暖炉(一番大きいメインのもの)のパワーは物凄く、一度炊いたらかなり長い時間暖かさが部屋中に伝わってくるので、仮に屋外が氷点下20度とかでも、屋内はしっかり暖房されていて火を焚いていたピークだとTシャツ一枚でも大丈夫なくらいでした。

その代わり家の断熱もしっかりしていて、建付けは少々雑でも窓は必ず2重で、玄関ドアも外と内で2枚あり、外気を直接屋内に取り込まない様な構造になっていて、訪ねたどこの家でもそのような構造になっていました、さすが冬が厳しい北国という感じです。

蓄熱型暖炉、別名ペチカは見た目的には複数のタイプがあり、ソ連時代に流行ったという本体表面を金属の薄板で覆われたものを多く目にしました、そんなに古くない公共の建物などは略そのタイプの蓄熱型暖炉があったように記憶してます。

多くの場合は炉のドアは鋳物で出来たもので、現在は比較的多く見る耐火ガラスを使用した炉の中が見える様なおしゃれでモダンなタイプ等はそれ程多くは見かけず、頑丈で恐らく熱効率的にもよさそうな鋳物のドアが使われていた様に思います、そえれでも多少模様の違いなどで雰囲気が異なるものもあるにはありました。

又、所謂暖炉と呼ばれる、オープンファイヤータイプの暖炉が設置されている家もあり、そういう家は大抵大きな家で、複数の蓄熱型暖炉やそういうオープンタイプの暖炉、料理用のかまどの様なクッキング薪ストーブを備えていたりしていたようです。

燃料の為に必須の薪割も手伝いました、シーズン到来に向けて大量に薪を割って仕込んでおくのですが、まぁ男性はもちろんですが、地元の田舎の女性もパワフルで、もう農作業から薪割からその他の家事からバリバリこなしていて、、男の自分としては少々恥ずかしいぐらいに薪を割るコツがつかめていないせいか手こずってたりして、、、苦笑

握手をしたり、まぁダンスとかをすると(エストニア人はダンスが好き)そういう女性と手を握ったりしますから解りますが、手がかなりごついです、所謂職人の手をしてます、、、苦笑

人間の生活というものはどういうものなのか、という様な基本的なものもそういう体験で教わったような気がします、、、自然の森から木を伐り、薪にして、そして燃料として使う、、、そしてその焼却灰も畑のミネラル分として利用する、、森や自然の恵みで生きている、、、何というか、無駄なく色々活用し、自然と共に暮らすたくましさを感じながら、こういう生活っていいなぁと、しみじみと感じた体験でした。

そんな彼らとの濃密な2か月間の後、エストニアにすっかり惚れこんでしまい、もう相当な数、尋ねたり、半分住んでいる様な状態だっりした時もあり、その度に色々な出会いや体験をしてきましたが、ふとある時にこのエストニアでは当たり前にある蓄熱型暖炉、ロシアではペチカ、が日本で見た事が無いなと、、、

いや、昔は薪を焚いて風呂を沸かすとか煮炊きをする等は日本でも普通に見られたし、今でも田舎等では現役で存在していたのかもしれないけれど、少なくともエストニアで見られるような蓄熱型の暖炉、ペチカはボクは日本では見たことが無く、、、

鋳物で出来ているいわゆる薪ストーブは一部ではそれなりに人気があり普及しているのに、どうしてこんなに良いものが無いのだろうか?と素朴に思い、、それで、誰もやらないのなら自分がやればよいではないか?という思いに至り、、、苦笑

考えてみれば日本の森林資源は豊富だけれど、その中の多くは人工林で、又その中の多くが今となっては手入れが十分に行き届かず、荒れてしまってきていたり、所有者が管理できなかったりで資源を十分活用できていなかったりと、きちんと間伐したり、手入れをして活用すれば森にとっても、又利用者にとってもメリットがあると思うのだが、、、

何しろ山の奥だったりしてアクセスしにくかったり、伐採しても運び出しにくかったりと、普通に手間暇かけると費用がかさむので価格競争に負けると、、、そういう事で十分育った森林資源も山や森で放っておかれている、、、

そこでこの木材の薪を燃料にする蓄熱型暖炉、量的には微々たる物だろうがきちんと間伐してくれるならその木材を無料で差しあげますという地権者は案外居るんじゃなかろうか、、、そうやって間伐等すれば日光が入りやすくなる事等で森もある程度蘇る、古くて新しい?暖房設備としてこの蓄熱型暖炉、ペチカを日本で使っていくのは両者にとっても良いよねと、、更に、人がやらない事をやるのが好みというある種天邪鬼な性質も加わり、、、苦笑

元々手先は器用な方で機械いじりから家の修理等も普通にこなしていたり、実際意図せずペチカ等も手伝いで作ったり修理したりしてたので、ボクとして何の抵抗感も無く蓄熱型暖炉、ペチカ作りを日本でやろうという事で、既に多数の友人知人が居たエストニアでとても良い暖炉づくりの職人に出会って、その彼と一緒に働きながら色々教えてもらいつつ日本でこの商売を始める事にした訳です。

現地で彼らと仕事をしていて思ったのは、とにかくパワフル、タフ、日本の一般的なレンガより一回り大きいレンガが普通で結構ずっしりと重い、それらを使ってじゃんじゃんと積み上げていって大きな構造物を作っていく、、、

しかも、モルタルでレンガをあまり汚さないから後できれいにする手間も省けたり、無駄なく割って上手に部材を利用したり、、、表に見える様な部分以外はもう殆ど手作業で、ハンマーと鏝でどんどん作っていって殆どを仕上げていってしまう、石工職人のような感じなのだが、、高所作業とかになっても足場さえ櫃であれば自分らでちゃっちゃと作ってしまう、、、中々の技だなぁと関心し、案外一人でもやれるなと(笑)

まぁ手足も大きく又力もあるんで日本人の自分にはまねできない部分もありますが、でもレンガを叩くところを器用にコントロールして上手に割る技術は一朝一夕では真似できない技だなと悟ったのは傍から見ていると簡単にやるんで一見簡単そうだけど、やってみると全然違う。

ボクも相当やらせてもらって沢山失敗しながら、、、苦笑、多少迷惑を掛けつつも仕事を手伝って技を盗んでいったという感じで、そのおかげで大分上手くなりました、、、苦笑

そんなこんなで、設計方法から施工のコツ、エストニアには普通にあっても日本には無い場合に何が必要でどうすればいいのか等を考え、日本で全部手に入れば良いんだけれど手に入らないような必要な部材等はエストニア等で調達して日本で商売を始めたわけです。

日本でこの蓄熱型暖炉、ペチカ、クッキング薪ストーブの設計施工の商売を始めてみて思うのは、このタイプのものをそもそも多くの人が知らない、知らないんだけれど、案外気が付いていないだけでヨーロッパ等に秋冬辺りに訪問していれば、恐らくどこかで遭遇していたはず、、、

そうして、その良さに気が付いた極々一部の人たちが、薪ストーブではなく、オープンタイプの暖炉でもなく、この蓄熱型の暖炉、ペチカを導入したいと、まぁDIY精神が旺盛な方は自分でやろう!って思う方も中にはいらっしゃるでしょうけれど、普通は中々大変。

という事で、施工してくれる所はそもそもあるのか?という事で散々探してみて、ようやく見つけても、決まった形式のものだけとか、希望に沿う様なものが出来そうもないとかで最終的にボクの所に辿り着いたりしているので、もう相当拘りのあるお客さんばかり、実際物凄い色々詳しかったりしてお客さんからも学ぶものが多く、、、苦笑、実に遣り甲斐とやり応えのある仕事をさせてもらっています(笑)





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